こんにちは。越谷市せんげん台のパーソナルジム「トータルボディメイキングスタジオI’s(アイズ)」です。
10年間ジムを運営していると、続いている人とやめた人、両方をたくさん見てきます。続いている人は、最初から「続けられるタイプ」だったわけではない。やめた人は、「続けようとしなかった」わけでもない。そこには、もっと別の何かがあります。
今日は、10年という時間の中で見えてきたその違いを、できるだけ正直に書いてみます。
一番多い「やめ方」の話から始める
ジムでよく見るパターンがあります。春になって「夏までに体を変えたい」という動機で来て、夏が終わったらパタッと来なくなる。結婚式の前に「綺麗になりたい」と来て、式が終わったら姿を消す。健康診断の結果が悪くて「このままではまずい」と来て、次の健康診断まで続いて、数値が改善したらフェードアウトする。
これを「目標があったから来た、目標を達成したからやめた」と言ってしまえば単純な話に見えます。でも実際に話を聞くと、そう単純でもない。「続けようとは思っていた」という人がほとんどです。ただ、何かがきっかけで来なくなって、そのまま来にくくなって、やめた、という流れが多い。
この「何かがきっかけ」が何なのか、というのが今日の話の核心です。
やめた人が話してくれたこと
しばらくして戻ってきた方や、別の場所で会った方から、やめた理由を聞くことがあります。話を集めていくと、いくつかのパターンが浮かび上がってきます。
仕事が忙しくなった時期に来られなくなって、そのまま。これが一番多い。繁忙期・異動・子どもの学校行事・介護が始まった——生活に何か変化があって、一時的に来られなくなる。そこで2〜3週間が経つと、「再開するタイミング」を探し始める。でもタイミングはなかなか来ない。「落ち着いたら」が半年になり、1年になり、そのまま来なくなる。
結果が出なくなった時期があった。最初の2〜3ヶ月は体重が落ちたり、体型が変わったりする実感がある。でも4〜5ヶ月目あたりに停滞期が来て、変化が感じられなくなる。「頑張っているのに変わらない」という感覚が続くと、モチベーションが保てなくなる。
怪我をした。膝が痛くなった、腰を痛めた、肩が上がらなくなった——こういうことが一度起きると、「また同じことになるのが怖い」という気持ちが残る。回復したあとも「あの痛みが戻ったら」と思うと、以前と同じ強度でやれなくなる。そのうち足が遠のく。
楽しくなかった。これは言いにくいから後から教えてくれることが多いですが、正直に話してくれると「義務感でやっていた」「好きじゃなかった」と言う人が結構います。それでも続けようとはしていたけれど、義務感だけで続けるのはいつか限界が来る。
続いている人は何が違うのか
10年続いている人は、最初から特別な人だったわけではありません。最初の数ヶ月はうまくいかなかった人も、一度完全にやめて戻ってきた人も、続いている人の中にいます。続くかどうかは、スタート地点の熱量とはあまり関係がない。
続いている人を観察していて、一番大きな違いだと感じることがあります。それは、「崩れたあとの扱い方」が全然違うということです。
誰でも崩れる週があります。仕事が忙しくて来られなかった、体調を崩した、旅行があった、気分が乗らなかった——続いている人も、こういうことは普通に起きています。違うのは、その後です。やめた人は崩れた週が「やめた週」になっていく。続いている人は崩れた週が「休んだ週」で終わって、次の週に戻ってくる。
この差はどこから来るのか、ずっと考えてきました。一つ言えるのは、続いている人は「100%できない週があっても、それで終わりにしない」という感覚を持っているということです。「完璧にやれない状況になったから、やめる」ではなく「完璧じゃなくても、できる範囲でやる」という切り替えが早い。
もう少し具体的に言うと、続いている人には「自分の最低ライン」があります。忙しくても「これだけはやる」という量が決まっている。週3回のトレーニングが理想でも、忙しい週は1回でいいと決めている。旅行の週はホテルで10分ストレッチするだけでいいと決めている。その最低ラインがあるから、完全には止まらない。止まらないから、また戻りやすい。
「やる気がある日だけやる」という落とし穴
やめていった人の多くに共通していることがもう一つあります。やる気があるときは頑張りすぎて、やる気がないときは完全に休む、という極端な波があった。
モチベーションが高い時期は、週4〜5回来る。食事も完璧に管理する。でもモチベーションが下がると、週0になる。この波が大きい人ほど、長期では続かないことが多い。
なぜかというと、やる気は必ず下がる時期が来るからです。最初の「これで変わるぞ」という高揚感は、長くて3〜4ヶ月しか続かない。その後に来る「やる気が出ないけど続ける」という時期を乗り越えられるかどうかが、続くかどうかの分岐点になります。
やる気がある日だけやっていた人は、この時期に来る武器がない。「モチベーションがないからやらない」という選択肢しかない。一方、習慣として体に染み込ませてきた人は、やる気がなくても体が動く、という状態になっている。歯を磨くときに「やる気があるかな」と考えないのと同じように、動くことが当たり前になっている。
この期間は、まだ「意志で続けている」状態です。やる気がなくても動ける「自動化」が完成するまでの間が、最も脱落しやすい期間でもあります。この時期に完璧を求めすぎず、頻度を下げてでも続けることが、長期的に見てずっと重要です。週3回が理想でも、週1回でもいいから続けることが、やめてしまうより何倍も価値があります。
「何のためにやっているか」が変わった人は続く
続いている人と話していて気づくのは、最初の動機と今の動機が変わっていることが多いということです。
「夏までに痩せたい」で来た人が、数年後に「体を動かしていないと調子が悪い」という理由で来ている。「健康診断の数値を改善したい」で来た人が、「ここに来ることが週の楽しみになった」と言う。最初の動機は外側から来た「〜しなければ」「〜したい」だったものが、内側から来る「〜したいからやっている」に変わっている。
この変化が起きた人は、強い。外から与えられた動機は、条件が変わると消えてしまう。夏が終われば夏のための動機は消える。数値が改善すれば健康診断のための動機は消える。でも「自分がそうありたいから」という内側の動機は、条件に左右されにくい。
問題は、この変化が意図的に起こせるかどうかが分からないことです。「内発的動機を持て」と言っても、すぐに持てるものではない。ただ一つ言えるのは、続けることでしかこの変化は起きないということです。最初は外から来た動機で構わない。続けていくうちに、自分の中から動機が生まれてくる。それを待てるかどうか、という話でもあります。
「完璧主義」がやめる引き金になる
やめた人の話を聞いていると、「一度崩れると全部やめてしまう」という傾向が強い人が多いです。
飲み会が続いた週に食事が乱れると「もうこの週はダメだ」と残りの週も投げてしまう。1回トレーニングをサボると「今週はもういい」になる。旅行で1週間ブランクが空くと「また一からやり直し」という感覚になって気が重くなる。
これを「完璧主義」と呼びますが、完璧主義の人は決して手を抜きたいわけではない。むしろ、高い基準を持っているからこそ、その基準に届かない状態が続くことに耐えられなくなる。「どうせやっても無駄」というよりは、「これだけ中途半端にやるなら、やらない方がまし」という感覚に近い。
でも、体づくりというのは積み重ねの話です。完璧な週が10週続くことより、7割の週が52週続く方が、体への影響は圧倒的に大きい。1回のサボりが問題なのではなく、1回のサボりをきっかけに長期的に止まることが問題です。
続いている人は、崩れることに対してどこか淡々としています。「今週はそういう週だった」と受け止めて、次の週に戻ってくる。戻ってくることに大げさな決意もなければ、自分を責めることもない。ただ、また来る。この淡々とした繰り返しが、10年という時間を作ります。
続かせる「仕組み」の有無
もう一つ、明確な違いがあります。続いている人の生活には、何らかの「仕組み」が入っています。
曜日と時間が決まっている。「火曜と木曜の夜7時に来る」と決めていて、特別な事情がない限りそれを変えない。来るかどうかを毎回考えなくて済む状態にしている。
予約を入れておく。次の予約が入っていると、キャンセルするためのアクションが必要になる。来るためのアクションより、やめるためのアクションの方が大きくなる。この非対称性が、来る方向に背中を押す。
誰かに話している。家族に「今日ジムの日だから」と言っている、友人と一緒に来ている、トレーナーとの関係がある——誰かとの約束や、誰かが知っているという事実が、継続の力になる。一人でひっそりやっているものより、誰かの目がある状態の方が続きやすい。これは意志の問題ではなく、社会的な動物としての人間の仕様です。
やめていった人を思い返すと、こういった仕組みがない状態で「気が向いたら来る」というパターンの人が多かった。気が向く日は来る。気が向かない日は来ない。そして気が向かない日が増えていくと、だんだん来なくなる。当然の結果です。
「楽しいかどうか」は関係あるか
「運動が好きじゃないから続かない」と思っている方に、一つ伝えたいことがあります。
10年続いている人全員が、運動を楽しいと感じているかというと、そうでもないんです。「嫌いじゃないけど、特別好きでもない」という人がいる。「来るまでは気が重いけど、来たら悪くない」という人もいる。やり終わったあとのすっきり感とか、体が動くようになっていく実感とか、ここに来る時間が自分のための時間になっていることに価値を感じているとか——「運動そのものが楽しい」とは少し違うところに動機を見つけている人が多い。
逆に、最初に強烈に「楽しい」と感じていた人が続かないケースもあります。最初の新鮮さや高揚感が薄れたとき、「楽しくなくなった」という理由でやめてしまう。楽しいかどうかを基準にしていると、楽しくない日の言い訳になりやすい。
「楽しくないとやれない」より「楽しくなくてもやれる」という状態の方が、長期では強い。やり終わったあとの感覚、体調の違い、積み重ねの実感——そういう「すぐには楽しくないけど、続けると分かるもの」に価値を感じられるようになった人は、長く続く傾向があります。
一度やめた人が戻ってきたとき
しばらくして戻ってきた方に、私が必ず聞くことがあります。「何があって戻ってきましたか」という質問です。
答えは様々です。体重が戻ってきた、健康診断でまた引っかかった、友人に誘われた——きっかけは外にある場合が多い。でも話を聞いていくと、「ここに来ていたときの自分の方が調子が良かった」という記憶があって、それが戻る動機になっていることが多い。
一度体を動かす習慣があった人は、やめた期間があっても戻ってこられます。一度も来たことがない人より、戻ってくる人の方が再開しやすい。なぜなら「どうすればいいか」を体が知っているからです。
だからやめた経験がある人に言いたいのは、やめたことは無駄じゃないということです。来ていた期間の積み重ねは消えていない。体の記憶は残っている。再開した最初の1〜2週間は辛いかもしれないけれど、ゼロから始める人より早く戻れる。戻ってくることに遠慮はいらないし、「あれだけやめていたのに」と思う必要もない。
一度獲得した筋肉は、ブランク後に再トレーニングをすると、初めて鍛えるより早く戻ることが知られています。筋核(マイオニュークレアス)がトレーニングによって増加し、筋肉が萎縮しても核は残るためとされています。「また一からやり直し」ではなく、「戻りが早い状態で再スタート」という認識の方が正確です。
10年後も続いている人に共通すること
最後に、今も来てくれている長期の方々を思い浮かべながら、共通することを書いてみます。
完璧な週を目指していない。良い週も悪い週も含めて、平均としてある程度のレベルを保つことを意識している。一週間の単位で考えるより、月単位・年単位で考えている感覚があります。
体重よりも、体の感覚を大切にしている。「今日は体が重い」「この頃動きが悪い」「調子が戻ってきた」——数字より感覚を観察しています。体重計の数字に一喜一憂しなくなっている人が多い。
来ることを特別なことと思っていない。歯医者に行くように、床屋に行くように、体のメンテナンスとして来ている感覚がある。「頑張りに来る場所」より「整えに来る場所」という使い方をしている。
やめる理由より、続ける理由を探す癖がある。忙しいときでも「来られない理由」より「どうすれば来られるか」を考える。この小さな思考の向きの違いが、積み重なると大きな差になります。
そして一番大事かもしれないのが、自分のことを「続けられる人間だ」と思っていることです。続けた経験が、「自分は続けられる」という自己認識を作る。それがまた続けることを助ける。この好循環が始まった人は、よほどのことがない限りやめなくなります。
やめた人を責める気にはなれない理由
ここまで書いてきて、一つ言っておきたいことがあります。
やめた人を「続けられなかった人」として否定的に見ているわけではありません。むしろ、やめていった方のほとんどに、「来ていた期間に何かを得ていた」という実感があります。少し体が変わった、体を動かす習慣を一度持てた、自分の体に向き合う時間があった——それは無駄じゃない。
それに、続けることが難しい生活の事情というものが本当にある。介護が始まった、育児で時間がなくなった、仕事が変わった、体を壊した——こういった事情でやめた人に「意志が弱かった」とは到底言えない。生活の変化の中で体を動かすことを優先し続けることは、条件によっては本当に難しい。
だからやめた経験がある方に言いたいのは、「またいつでも戻ってきていい」ということです。どれだけブランクがあっても、戻ってきた日から再スタートできます。続かなかった過去は関係ない。戻ってきた今が、全てのスタートです。
続く人と続かない人の差は、才能でも意志の強さでもなかった。崩れたあとに戻れるかどうか。完璧を求めすぎないかどうか。続けやすい仕組みがあるかどうか。自分の中から動機を見つけられるかどうか。
どれも、最初から持っていなければいけないものではありません。続けながら身についてくるものです。だから、今日来ていることが既に正しい方向への一歩で、それを積み重ねることが全てだと思っています。
続けることが難しいと感じている方ほど、
一人でやらない方がうまくいきます。
まずは話だけでも、どうぞ。